| J医大につくと、もう面会終了の時刻で、何人かの見舞い客が夜間通用口から出て来るのとすれ違った。
守衛に学生証を見せ、3病棟へ上がった。
3病棟は外科病棟で、脳外科の他に消化器外科の患者も入院している。
松浪の病室はバスルーム付きの個室で、ナースステーションから少し離れた廊下の端にあった。
本当はベッドの置かれた病室に次の間つきという特別室を両親は望んだが、最上階にあるそれらは満室だったのである。
足音を立てないように急ぎ足で廊下を歩き、角を曲がると、あの浅田という男が牧之瀬と、廊下のベンチの前で立ったまま小声で喋っている。
浅田の顔は険しく、笠井はいつぞや二人がクラブハウスのロッカーで言い争っていたことを思い出す。
「牧之瀬さん!」
呼びかけて近づき、牧之瀬を守るかのように二人の間に肩を入れた。
「笠井、どうしたんだ、こんな時間に?」
「なんだか、ちょっと心配になっちゃって」
浅田はぴたりと口を噤む。牧之瀬は浅田の困惑を見て取って、
「ああ、いいんです、浅田さん」
と言った。
「笠井は僕の友達だし、雄祐とも仲がいいんです。こいつにも話してやって下さい」
「そうか」
浅田は小さく息を継いだ。
「いや、今、雄祐君が黒いベンツに襲われたという話を聞いていたんだよ。何から話していいのか……」
笠井をじっと見詰める。
すると病室の戸が開いて、松浪の父と母が出て来た。
母の優子は眼が赤く、げっそりと頬がこけている。父親も笠井が初めて会った時より一回り縮んだように見えた。笠井は二人の心を思いやって心臓が痛くなった。
笠井の姿を認め、父の慶祐は「笠井君、だったね」と言う。
「君が牧之瀬君と雄祐を発見して、救急車を呼んでくれたんだった、まだお礼を言ってなかったね、ありがとう」
深々と頭を下げる。
「いえ、そんな……」
笠井は困って、自分もぺこりと頭を下げた。
優子は微かに目尻を和ませて笠井を見ていたが、
「あなた、先に車に戻っているわ」
ともう一度、目礼して去って行く。
見送りながら、浅田が、
「今、あの話をしていたんですよ」
慶祐に囁いた。
「ああ」
父の慶祐は牧之瀬達をじっと見詰める。
「今回のことが、事故ではなくて事件だったのではと、我々も疑っているんだよ」
「やっぱり……」
慶祐は、「こんな所でなんだが」と言いながらも、手早く説明し始めた。
「事の起こりは、義弟の健康のことだった」
笠井は松浪の家に招かれた夜のことを思い出す。
食事が終わり、二人が帰る寸前になって、ふらりと啓輔の義弟にあたる叔父の俊之が応接間に現れた。病気には見えなかったが、顔色は冴えず、なんだかひどく疲れているように笠井には感じられた。
それでも雄祐が二人を紹介すると、笑顔で「もっと、遊びにきなさい」と言ってくれた。とても上品な紳士で優しげな細い眼をしており、笠井は『お祖母さん似なんだ』と感想を持ったものである。七十代半ばなのに、まだまだエネルギッシュな祖父の俊英とはあまり共通点がなかった。
俊之は元々、社長という職務には向いていなかった。極度のストレスから不眠となり、睡眠剤を処方してもらうようになった。それをあるゴシップ誌に「ノイローゼで神経科に通院中」とすっぱ抜かれたのである。
「それがどこから漏れたのかで、私は牧之瀬君を疑ってしまってね、すまん」
浅田が口を挟み、頭を下げる。
「俊之さんはこのJ医大に通院していたものだから。でも考えると君が臨床実習の時、精神科の外来で俊之さんに会ったのは先々週のことだそうだから、週刊誌の発売に間に合うはずもなかったのに。あの時は判断力が鈍っていたようだ。本当に悪かった」
「いいんですよ、そんなこと」
牧之瀬は礼儀正しく答える。
「しかもそのノイローゼの原因は、この私が俊之さんの地位を狙っているための御家騒動とも書かれてね」
慶祐は呆れたという口ぶりで言う。
「浅田君が総務部長になったことと結び付けたらしい」
「私が総務部長に抜擢されたのは、会長の思惑なんですよ」
祖父の俊英は長年企業のトップに君臨していただけあって、あるトラブルの匂いを嗅ぎ付けていた。それは、
「総会屋だよ」
「総会屋……」
笠井もその言葉は漠然と知っていた。
「あの、株主総会で騒ぐ人達ですね?」
「うーん、まあ、当たらずと言えども遠からずだね」
浅田が簡単に説明してくれる。
「企業側は株主総会を、何事もなく終わらせたい。そこに付け込んで、騒がれたくなかったら金をだせと脅すんだよ、彼らは。騒ぎそうな連中を代わって黙らせたりもする」
「じゃあ、企業の味方なんですか?」
素朴な笠井の疑問に、また浅田は説明する。
「どちらにつくかはカネ次第なんだ、彼らは。そして彼らを通じて企業から金が、やくざとか、犯罪組織に流れる訳だ」
無論、総会屋への金の提供は法律で禁止されている。だが、その禁止されていることを松浪デパートの経営陣が行っているらしいのだ。
「大企業では総務部が総会屋対策を一手に取り仕切っている。前の総務部は、社長である俊之さんに知らせずに総会屋に金を払っていたらしい」
「その、帳簿に出ない金作りが……」
浅田の意味ありげな口調に、
「分かった!」
笠井は思わず口を挟んだ。美術館で、浅田と松浪がコンピューターを操作していたのを思い出す。
「あの美術館ですね?」
「そうそう、君は勘がいい」
浅田はにっこりする。
「実在の美術商から品物を一旦、ダミー会社を経由してデパートの美術部に収めさせる。いわゆる『飛ばし』だな」
そうやって評価額の三倍もの値段で購入し、差額をダミー会社に、つまりは総会屋なのだが、正規の取引に見せかけて金を渡す。そういった闇ルートを断ち切るため、外部から浅田が切り込み隊長として入ったのである。
総会屋との関係は一切断つと、浅田は宣言した。
「そして前の総務部長を告訴することも考慮中だ」
親友である慶祐も浅田の行動を全面バックアップしている。そうこうしているうちに総会屋の動きも激しくなった。脅しの電話など日常茶飯事で、ゴシップ週刊誌の記事も、浅田と慶祐を牽制するためのものだった。
「じゃあ、あのベンツも……」
「多分、そうだろう」
浅田は考え深げに顎に手をやる。
「しかし今回のことが、総会屋がらみとは断言できない」
もし松浪の怪我が彼らの仕業なら、傷害もしくは殺人未遂ということになる。
「刑事事件を起こすほど、あいつらの頭は悪くないからな」
警察やら検察に知られたくないのは向こうも同じなのだ。
それに事故のあと、彼らからの接触はなかったのだ。
「牧之瀬君が、乗馬クラブを首になった者の嫌がらせの線はどうかと言ってくれた」
浅田は慶祐に伝える。慶祐は重々しく頷いた。
「それは有り得るかもしれない。こちらで調査しよう」
病院を出て駐車場へと向かう間、笠井は牧之瀬がひどく沈み込んでいるのに気づいた。
「先輩、松浪さん、そんなに悪いんですか?」
そっと尋ねてみる。
「あ、いや、違うんだ」
牧之瀬はうなだれていた首を上げ、笠井に弱々しく笑ってみせる。
「そうじゃなくて……ちょっと、自分のことでね」
何が、と聞きたかったが、また「君には関係ない」と拒絶されるのが怖く、笠井も黙りこくって歩いた。
牧之瀬のセリカはもう車検から戻って来ていて、牧之瀬は停めてあった自分の車へと、別れて歩いて行く。このまま別れて別々の部屋へ帰って行くのがなんだか寂しくなって、「先輩!」と大声で呼んでしまった。
「なに?」
牧之瀬は立ち止まって、振り返る。
「あっ、あの……」
いいアイディアが閃いた。
「あのっ、先輩、夕めし、まだですか?」
「うん、まだだよ」
「じゃっ、俺、部屋で飯の支度、してたんですよ! 一緒に食いません?」
牧之瀬を自分の部屋に招き入れると、笠井はいそいそと用意を始める。
「かぼちゃのほうとうですよ?」
「美味そうだね」
笠井が用意の合間にエアコンを強にするので、牧之瀬は怪訝な顔になる。
「熱々の鍋を、汗をかいて食うのがスタミナの元ですよ!」
カセット焜炉を出し、わざわざ送ってもらった鉄鍋に材料を入れ、火にかける。
ぐつぐつと煮立つと、刻んだ野菜に豚肉をたっぷり丼によそい、牧之瀬に手渡す。
「ええっ、多すぎるよ」
「大丈夫、それにかぼちゃは美容にいいんですよ?」
牧之瀬はプッと吹き出す。
「それ、女の子に言うセリフだよ?」
だが、笠井は『先輩にぴったりだ』と心の中で思っていた。
「じゃ、いただきます」
二人は食べ始める。
「なんだか、ほんのりと甘いね、すごく美味しいよ」
牧之瀬の感想に、
「隠し味が効いてんですよ」
笠井は得意げに説明する。
「味噌だけじゃ、この甘みは出ませんよ。あの、かぼちゃの実と牛乳をミキサーにかけたのが、入ってるんです」
「笠井、すごいよー」
牧之瀬は眼を丸くした。
「笠井みたいな男と結婚すると、女の人は楽でいいだろうなー」
そんならどうですか先輩、とは言えなかったが、褒められたのだからと笠井は自分を慰めた。
食べながら牧之瀬は、
「あの、浅田さんの話だけど」
と言い始める。
「この前、クラブハウスのロッカーで、あのこと、言われて……笠井、ごめんな」
「え?」
いきなり謝られ、笠井は眼を白黒させる。
「いや、あの時、笠井には関係ないって言っちゃったろ? 僕、そんなつもりじゃなくて……もう笠井は知ってるから話すけど、雄祐の伯父さんの病気は、ほんとは結構、悪いんだ。でも患者のことは守秘義務っていって、誰にも言ってはいけないことだから」
うんうん、と笠井は頷く。あの時、詳しく説明しようと思ったら、松浪の伯父の病気のことまで言わなくてはならなかったのだ。それが出来ないから、牧之瀬は笠井を拒絶したという訳だった。
「君には関係ない、なんて言っちゃって、悪いことをしたね」
熱い鍋物を食べているのだから、当たり前とも思ったが、身体の中がカッと熱くなる。
「うわーッ、暑い!」
言いながらトレーナーを脱いでランニング一枚になる。
「先輩も暑かったら、脱いだらどうですか?」
「いいよ、僕は」
汗を拭いながら、二人はまたしばらく食べ続ける。
「笠井って、熱いの、平気なんだね」
「だって、甲府の夏はハンパじゃないですよ、盆地だから」
鍋のことを言ったのだがと、牧之瀬はクスリと笑いを漏らす。
「あっ、そういえば先輩は秋田だから、暑いの、苦手なんだー」
「そうだよ」
なんだか話が弾んで、笠井は楽しくなる。丼をかきこみながら、調子に乗って
「先輩、さっきはどうしたんですか?」
と聞いてしまった。
「え? さっきって?」
「ほら、駐車場で……」
「ああ!」
牧之瀬は眉を顰める。箸を置いた。
「あれは……自己嫌悪、かな?」
「え? 自己嫌悪?」
またしても意外な言葉に笠井も食べるのを止め、牧之瀬の顔を覗き込んだ。
「だって……ね、もし、あれが事件で、誰かに雄祐が殴られたりしたのなら、とても大変なことだけど」
何かを思い出すように、牧之瀬はゆっくり続ける。
「もしあれが……障害競技の時の怪我だったら……僕は……どうしてあの時、もっと雄祐のことをちゃんと診察しなかったんだろうって。そうすれば、もっと早く、病院に連れて行けたのに」
「そんな! だって、あの時、松浪さんは、ピンピンしてたじゃないですか!」
牧之瀬は厳しい眼になって、笠井を見詰めた。
「そんなこと、言い訳にならない。普通の人ならいざ知らず、僕は医学生なんだ。重傷の可能性があることは知っていた。それを、見逃したんだ、僕は!」
俯いて丼を見つめる。
「僕は、取り返しのつかないことをしちゃったんだ……」
真面目な牧之瀬が自分を責めるのは仕方がないと笠井は思った。そっとそばへ行って、手を遠慮がちに肩に置く。牧之瀬はびくりとしたが、振り払わなかった。
「先輩……でも、松浪さんが倒れてた時、ちゃんと診察して、救急車を呼ぶようにって、言ったじゃないですか。俺とか、普通の人だったら、酔っ払って寝てるだけって思って、手遅れになってましたよ。それに怪我してからしばらく経たないと、症状が出ないって、先輩も言ってたじゃないですか」
牧之瀬は顔を上げ、小さく笑った。
「笠井、ありがとう、そう言ってくれると少し罪が軽くなる気がするよ。でもやっぱり、雄祐のことにまったく責任がなくなった訳じゃないんだ」
「そんなこと、言ったら」
自分にも責任はあった、と笠井は思った。
「俺だって、もしあの時、松浪さんを一人で置いていかなかったら」
そこまで言って、慌てて口を閉じた。が、もう遅い。
牧之瀬は切れ長の眼を一瞬、細める。次に大きく見開いた。
「笠井、お前、雄祐とあそこにいたのか!」
「あッ」
まずいことを言ったとぎゅっと眼を閉じる。
牧之瀬は肩に置いた笠井の手を逆に取った。
「お前、何か、隠してるのか? 雄祐と二人で、あそこにいたんだね?」
「……ええ……でも、俺がパーティ会場に戻った時、松浪さんはまだあそこで酒を飲んでました」
「お前と二人だけだったのか? 誰か、他にいなかったの?」
一瞬、視線を逸らしたことで、牧之瀬は答えを読み取る。
「他にも誰か、いたんだ……誰だ、そいつは! そいつが雄祐を傷つけたんじゃないのか?」
「ち、違いますッ、そんなこと、する人じゃありませんッ」
どんどん笠井は墓穴を掘る。牧之瀬は笠井の両肩を掴むと、じっと胸の中から見上げた。
「誰か、庇ってるのか?」
厳しい牧之瀬の追求に、笠井は思わず言葉を漏らした。
「そうじゃありませんッ、ただッ」
「ただ? ただ、なんだ!」
「あのッ、松浪さんと、約束したんですッ、言わないって!」
「雄祐と?」
コクコクと笠井は首を縦に振る。
「どんなことがあっても、言えません! 男の約束ですから!」
牧之瀬は突き放すように、笠井から離れた。
傷ついたといった顔つきで、ふいと横を向く。
「お前と雄祐って、そんな約束をする仲な訳か。二人の間で僕には言えないことがあるんだな」
「そうじゃなくってッ」
何と言ったらいいか、分からない……でもやっぱり、雨宮のことは言えない……。もし牧之瀬に説明するとなったらレイプのことまで言わなくてはならなくなってしまう。笠井は身体が二つに引き裂かれるように感じた。
「悪かった。確かに僕と笠井は親友って訳じゃないし。考えてみれば、それって笠井のプライバシーだもんね」
淡々と牧之瀬は言葉を吐き出す。すっと立ち上がり、
「御馳走様、もう帰るから」
と言った。
「ま、待って下さい!」
必死で腕を取ったが、
「もう遅いから、失礼するよ」
牧之瀬は腕を引き離そうと力を込める。
「あッ」
揉み合った瞬間、テーブルの上の鉄鍋に笠井の右手が触れてしまった。
「あちーッ」
牧之瀬は驚いて振り返る。
「大丈夫か?」
ぶるぶると上下に振っている笠井の右手を掴んだ。
「アチチ、大丈夫です」
「なに、言ってるんだ、早く!」
キッチンに連れ込むと、流しに笠井の右手を出させ、水道の蛇口を開けた。
牧之瀬が調べると、人差し指と中指の一部が赤くなって、水ぶくれが出来ている。
「第2度熱傷だ」
「大丈夫、バターでも塗っときゃ平気ですから」
「お前、それでも医学生か」
牧之瀬はさらに冷蔵庫から氷を出すと、笠井に「握れ」と手渡す。
「流水でもいいけど、氷で冷やした方がいい」
水ぶくれの所に氷を押し当てると、牧之瀬は洗い桶に水を張り、手首から浸すようにと指示する。
「こうすれば動脈血も冷えるから、どんどん熱を運んで、患部の温度が下がる」
「へぇーッ、さすが医者の卵」
笠井が感心するので、牧之瀬は、
「これは『家庭の医学』の範疇だよ」
と呆れた声を出した。
「ほらっ、ちゃんと冷やさないと、ひどくなるよ!」
牧之瀬は蛇口の下から笠井の手を出させると、熱心にまた傷口を調べ始めた。
ちょうど笠井の顔の下に牧之瀬の頭が来て、ふわりと柔らかい茶色の髪とウッド系の爽やかなコロンの香りが鼻孔を刺激した。急いで顔を横に向け、
「牧之瀬さん、良い香りだ」
と言う。牧之瀬はそれを聞いて、
「笠井もいい匂いだ」
くすりと笑った。
「え? 俺も?」
「そう、馬の匂いと干し草の匂い」
「あ……」
ブロンコやサンダーブレイズを散々撫でたあとで、シャワーも浴びていなかったのだ。
「あッ、く、臭いですよねッ」
赤面して、身体を離そうとすると、牧之瀬は、
「じっとして!」
と腕に力を込める。
「臭くないよ。いい匂いって言ったろ? 僕の好きな匂いだもの」
笠井を見上げにっこりと笑った。
「う……」
そんなことを言われて、ムラムラしない方がおかしいというものだ。
今なら、松浪が雨宮にやったように、抱きすくめて自分のものに出来る……だが、それはやっぱり、
『出来ない!』
いくら好きでも無理やりというのは、自分の倫理規定に反していた。松浪の行動は頭では理解出来るが、やっぱりサイテーなのだと思っている。そして、
『松浪さんが、雨宮さんを愛していて、それで我慢出来なくてレイプしたなんて』
そんなことを松浪の親友である牧之瀬に、約束を破って告げ口することも、これまた倫理規定に照らし合わせて出来なかった。
『すみません……こんなに親切にしてもらっても』
しばらく冷やしていると、牧之瀬は
「ちょっと、待ってろ」
と部屋を出て行く。自分の部屋から、救急箱を取ってくると、笠井を座らせ、手当にかかった。
傷口を消毒すると、牧之瀬は袋を取り出して、目の粗いガーゼに似たものをその中から出す。笠井が見ると、薬が塗られているようだ。興味津々で見ていると、
「ソフラチュールって言うんだよ」
牧之瀬が小さく傷口に合わせて切り取りながら、教えてくれる。切り取ったそれを傷口に当てると、軟膏を塗る。上からガーゼで指をくるみ、テープで留めた。
「こうすると傷口にガーゼが張り付かないんだ」
そういえば擦り傷などにガーゼを当てていると、皮膚にくっついてしまっていて、剥がす時にひどく痛い思いをしたことが良くあった。
「へーッ、さすが、外科志望」
「だからッ、こんなのは『家庭の医学』だよ。笠井が知らな過ぎ」
牧之瀬は呆れながらも、
「明日、ちゃんと病院へ行って、ガーゼ交換をしてもらうんだよ」
そして救急箱を片付けながら、牧之瀬は小さく付け足す。
「ごめんね、さっきは。怪我させちゃって、本当に悪かった」
「違います、先輩のせいじゃないです、俺がドジだから」
だが牧之瀬は眼を合わせようとしない。
「僕って、本当に子供っぽいよ、いい齢してさ、さっきは何だか、笠井を雄祐にとられちゃったみたいに思ってさ、ほらさ、仲良しをとられちゃって焼き餅を妬いたってやつかな?」
「え?」
雄祐を笠井に、ではなくて?
聞き返そうとしたが、牧之瀬はそれ以上何も言わず、部屋を出て行った。
残された笠井は、嬉しいのと悲しいのがないまぜになって、しばらくボーッと床の上に座っていた。
『それって、俺のこと、すごく友達って思ってくれるってことか?』
『けど、要するに、単なる友達だし……』
それも寂しい気がする。
『でも、すごく大事に思ってくれてるなら、嫌いよりいいし』
しかしそれだけ思ってくれているのに、自分は、
『牧之瀬さんに秘密、持っちゃったんだ』
かと言って、やっぱり、
『雨宮さんのことは言えない』
もうこれ以上考えるのは不可能で、笠井は寝ることに決めた。
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