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13

 数日後、松浪の病室で笠井は、牧之瀬と浅田から事の顛末を聞いた。
野坂という男は多額の借金を抱え、取り立て屋に追われていた。そのすじの紹介で、金沢と言う総会屋に雇われ、厩舎からボヤを出すようにと命令された。
もと努めていた乗馬クラブだったので、勝手知ったるという状況だったが、念のため下見に入った所、松浪に声をかけられたのである。突き飛ばして逃げた。
松浪は酔っ払っていた為、転び、運悪く鉄床にしたたか側頭部をぶつけたという訳だった。それは松浪の証言と全く同じだった。
殺意はなかったにせよ、罪状はかなり重くなるだろうと朝田は語った。
「それじゃあ、黒いベンツは?」
笠井の疑問に浅田は答える。
「ああ、野坂が色々喋ってくれたよ」
黒いベンツも金沢の脅迫の一環だった。
ただ松浪が重傷を負ったのは計算外のことで、これには総会屋も驚き、一時はなりを潜めていた。それを知らず、野坂は指示通り放火を決行し、あの日の騒ぎになったのだ。
「それから鞍を切られた事件だけど、あれは誰が犯人かはまだ分からなくて」
浅田の言葉に、松浪は急いで、
「ああ、あれはもういいんですよ、こっちの勘違いだった」
と口を挟む。
雨宮がここにいなくて良かったと、牧之瀬と笠井は目配せしあった。
あの日、里子と松浪の行状を見たのだから、雨宮がキレる気持ちは分かる。
「あれは雄祐が悪かったんだもんな」
牧之瀬が小声で言うと、松浪はばつが悪そうな顔を二人に向けた。
「その通りだ」
殊勝にも頷く。
松浪はまだ顔色は悪いものの、こざっぱりと髭を剃り、頭もつるつるだった。一部だけ剃っているのは却って格好悪いと、全部剃らせたのである。
「こんなとこでも、見栄を張って……」
牧之瀬は呆れていたが。
今日からは身体を起こしても良いと許可をもらい、ベッドを半分起こして上体を寄りかからせていたが、毛布の上には今朝の経済新聞が広げられていた。
一面ではないが、松浪デパートの前の総務部長と金沢が検察に逮捕されたという記事が載っている。
浅田はその記事を指して、
「いや、検察が動いているとは、こちらも知らなかったよ」
と苦笑いする。
「実は昨日、朝、家を出たらね」
コートを着た男がすっと後ろに立ち、
「浅田総務部長さん、ですね」
と言った。まるでやくざか総会屋の仲間かとも思われたその男は検察で、任意同行を求められたのだった。
無論、新任の浅田が罪を問われることなないのだが、厳しく追求され、
「昨日は、九時間も事情聴取で、缶詰だったよ」
伯父の俊之はトップとしての責任を取り、六月の株主総会の前に辞職するとのことだった。替わりに一時、祖父の俊英が、社長を兼任するのだという。
「でも、伯父貴は社長を辞められて、ホッとしてると思うぜ」
松浪は感想を漏らす。
「俺もさー、早く啓にあのクラブを譲り渡したいよ。ただ馬に乗ってるだけの方が、楽だ」
「そんなことすると、今度は雨宮さんが苦労しますよ」
笠井の言葉に、「あ、そうか」と舌打ちする。
「しょうがないなー、ま、当分、俺があいつの替わりに苦労してやろうか」
浅田は思慮深い瞳で若者達を見ていたが、ふと頭を下げた。
「それにしても」
とじっと笠井を見る。
「今回は笠井君に本当に迷惑をかけた。そもそも雄祐君の意識が戻った時点ですぐ、警察に届ければ良かった。
そうすればあの野坂という放火犯人を、不法侵入と傷害で手配出来たのに」
野坂が以前勤めていたと松浪は知らなかったので、誰か厩務員に手引きした者がいるのではと疑った。手引きをした人間をおびき寄せられるのではと、ああいった作戦を立てたわけである。
「まだ雄祐君の体調が、事情聴取に耐えられないと思ったことも事実だが……一歩間違えれば大変なことになるところだった。素人が探偵のまねごとをしてはいかんな」
「その通りですよ」
牧之瀬が珍しくきつい声を出す。
「笠井はもう少しで怪我をするところだったんだから」
朝だがひどくすまなそうにまた頭を下げたので、笠井は「まあまあ」と割って入った。
「結果オーライでいいじゃありませんか。僕も雨宮さんも無事だったんだし」
「笠井はまったく人がいいんだから!」
牧之瀬がまだ不満そうなので、
「先輩だって、お風呂場で見張ってた時、楽しそうだったじゃないですか」
と言うと、浅田は吹き出し、牧之瀬は顔を赤らめた。
「とにかく啓の命を助けてくれて本当にありがとう。感謝するよ」
万感を込めた眼で松浪が見上げたので、笠井はちょっと胸が熱くなった。
『良かった……』

「帰り際、そっと笠井は
「雨宮さんと、あれからうまく行きました?」
と尋ねてみる。
すると松浪は剃り上げた頭まで真っ赤にしたので、笠井は
『結構、松浪さんって、かわいいとこある』
と思った。