AIで楽曲を楽器やボーカルに分離する

9

翌日、僕の目のアオタンはかなりましになっていた。
みんなに気づかれないよう、僕は朝早く寮を出て由岐中(ゆきなか)さんのマンションへ向かえに行った。
今日はとある強盗事件に関して、聞き込みに出る予定だ。
由岐中さんはかなり焦燥しきった様子で、僕はまた心が騒いだ。
あれから景山(かげやま)のことを考えて寝なかったんじゃないだろうか……。
僕が心配そうに顔を窺うと、由岐中さんは「ずいぶんすっきりしたな」と僕の顎に手を掛け、じっと見る。
「先輩が冷やしてくれたおかげです」
「まあ、これなら同行してもいいだろう」
「は?」
当たり前だろう、と由岐中さんは僕の顎を離す。
「アオタンつきじゃあ、危ない職業みたいで聞き込みに支障を来す」
先輩の言う通りだ。
由岐中さんは僕の背中を押した。
「こっちは夜も仕事だ、早く切り上げようぜ」
「仕事?」
地元町内会の防犯講演を頼まれているのだ、と由岐中さんは答えた。
「こういった地道なことが検挙率のアップに繋がるからなあ……おろそかにはできない。
 今夜じゃなかったらおれも文句は言わないんだが……」
夕方、署に戻ると由岐中さんは塩路(しおじ)盗犯係長と一緒に講演会に出かけていった。
東麻布の小学校の体育館でやるのだそうだ。
僕は少し書類の整理をし、寮の部屋に戻った。
久々の休息だ。
シャワーを浴び、寝っ転がって由岐中さんのことを考える。
景山と由岐中さんの間には何か特別のものがあった。
僕はそう確信していた。
細い指で景山が由岐中さんの唇をなぞったさまが思い出され、僕は胸がどきりと高鳴る。
夢の中でも散々、そのシーンは僕を悩ませたのだ。
同じ仕草を由岐中さんがするのを僕は間近で見た……。
そう、由岐中さんは僕の唇を……。
考えていると胸がさらに苦しくなってきた。
慌てて僕は首を振る。
なに考えてるんだって!
考えるべきことは宇津木(うつぎ)紗耶香(さやか)と大坪(おおつぼ)政彦(まさひこ)のことだ。
景山が何か企んでいるとしても、それはいったい何なのだろう。
景山は今、四課の課長。
暴力団絡みの事件なら、四課の仕事だ。
大坪を助けることができる。
紗耶香がほっとしたのも当然だ。
それをなぜ、由岐中さんは疑うのだろう……。
景山が企んでいるというのはどういうことだろう。
そこまで考えたところでテーブルの上の携帯が鳴って、僕は飛び起きた。
由岐中さんからだろうか。
フラップを開けると液晶には紗耶香の番号が表示されている。
<すみません、お願いがあるのですが……これから来ていただけないでしょうか>
紗耶香の硬い声が響く。
またいやがらせがあったのかも知れない。
僕は「すぐ行きます」と答えた。
パジェロは国東さん(くにさき)に返してしまっていたので、僕は大坪邸へタクシーで乗り付けた。
門が開いて、何の警戒心も持たずに入った途端、後頭部に重いものが当たった。
地面に倒れる0.1秒前、僕は本当に後悔した。
だがこれこそ、「後悔先に立たず」なのだった。


意識が戻ると、僕は後ろ手に縛られて床に転がされていた。
どうも大坪邸の地下駐車場らしい。
薄明かりの中に赤いBMWが見える。
そして僕の廻りに立っているのはグロテスクなマスクを被った屈強な男たちだった。
ゴジラにフランケン……昨日僕たちを殴った四課の連中だろうか。
スーツの上は脱いで腕まくりをしている。
「目が覚めたか」
聞き覚えのある声にそちらへと首をねじ曲げると、白いガーデンチェアに真っ白なスーツを着た景山が足を組んで座っている。
「城崎(きざき)大輔(だいすけ)、実務研修中。
 だから判らなかったんだな。
 六本木署の刑事なら判ったのに。
 紗耶香に取り入るとはたいした奴だよ。
 電話を掛けさせるのに手こずった」
「別に取り入ったわけじゃありません」
むっとして僕は言い返す。
景山の声はひどく冷たい。
「紗耶香がなんと言ったか教えてやる。
 あいつはな、こう言った、
『とても明るくて真面目で、由岐中さんみたいな人』と」
景山は僕のところまで来ると髪の毛を掴んで頭を持ち上げる。
「お前にはむかつく」
いきなり言われても困る。
僕のほうはあんたを知らない、と言い返したかった。
「お前の将来を潰すことなど簡単だ」
「でしょうねえ」
そう答えるしかない。
キャリアに睨まれたら一生出世はできない。
でもいったい、僕はあなたの恨みをなんで買ったんだよ。
むかつくのはこっちだ。
そう言い返したかったが、頭がガンガン痛み出してそれもできなかった。
「やれ」
短く景山が命じ、アントニオ猪木のマスクを被った男に僕は俯せにさせられた。
「やれ……って、なんだよ!」
僕は怒鳴ったが誰も答えない。
まあ、答えを知ってもどうにもならないけど。
ただ、そのとき僕は昨日みたいにまた殴られるんだろう、と思っていた。
二日続けてリンチかよ、ぐらいに。
腰に手がかかり、持ち上げられる。
後ろ手に縛られているので肩と膝で上半身を支える格好になった。
いわば「く」の字を横倒しにした状態だ。
次にズボンが下着ごと一気に床についた膝まで脱がされる。
何をされるか把握しないうちに、想像を超えることが起こった。
激痛が後ろに走り、僕は思わず悲鳴を上げる。
硬いものが僕を貫いていく。
ぎしぎしと腰の骨が軋むのが聞こえた。
両足が付け根から引き抜かれたのではと思ったくらいの痛みがあそこから背骨に走る。
僕は堪えきれずにもう一度叫んだ。
痛みに弱いわけではない。
四課の連中に殴られたときだって、我慢できた。
でも今回の痛みは今まで経験したことのない部位で、嫌悪と恐怖が先に立ったのだ。
「黙らせろ」
景山の命令で口に粘着テープが貼られた。
本気なのだ。
これは拷問だ。
あそこから僕は串刺しにされているのだ。
硬いものはどんどん僕を抉っていく。
痛みも奥深くまで到達する。
貫くものが何なのかふいに判り、僕は全身が震えた。
そんな馬鹿な、と否定しても、僕の腰にあたるなま暖かい人肌が証拠だ。
そして太股を捉えているごつい手が。
男たちの下品な笑いが僕の耳に届く。
マスクをしているから不明瞭だけど、僕のことを言っている……。
「どうだ、締まりは?」
「くっ、ヒヒヒ、すげぇよ」
「馬鹿、すぐ出すんじゃねぇぞ」
ゲタゲタという笑いが上がる。
グリグリと中のものがドリルのように回される。
痛い。
でも痛いのなんて我慢できる、いやなのは……。
こんなのはいやだ。
いっそ殺されたほうがいい。
こんなことをされるくらいなら。
男に犯されるなんて。
由岐中さんは殴られた僕を見て「綺麗な顔が台無しだ」と言ったけれど、顔なんてどうなってもいい。
めちゃくちゃに殴られて、肋骨を折ったりしたほうがずっとこれよりましだ……。
そのほうがずっと男らしい……。
あんなところを傷つけられるなんて!
しかも男の……あれに……。
僕を犯している男は喘ぎながら激しくピストン運動を繰り返す。
粗い息遣いと粘膜をこね回す鈍いグチュグチュという音が辺りに響く。
痛みと共に内股を暖かい液が流れ落ちる。
痛みと屈辱に堪えきれず、僕の目から涙が溢れた。
それがまた悔しくて、嗚咽が漏れる。
口にテープを貼られていてよかった。
景山に僕が泣いていることを知られたくない。
犯されて泣くなんて。
僕の最後のプライドだった。
だが景山は本当に一筋縄ではいかない男だ。
景山はガーデンチェアに戻り、足を組んで僕を見物している。
「顔が見たい」
マスク男が僕の髪を掴み、持ち上げる。
「そうだ、そこでいい。そのままやれ」
なんて根性が悪いんだ!
僕は必死で顔を背けようとしたが、景山は涙に気づいた。
「泣くほどいいか」
嘲り笑いが響いた。
「もっと泣かせてやれ」
めちゃくちゃ苦しい体勢のまま、拷問は続く。
ぼんやりとした頭の中で「拷問」という漢字がなぜか浮かんだ。
そう、拷問。
警察学校の授業に出てきた。
もちろん拷問の仕方を習ったわけではないが。
同じ痛みを与えていると、次第になれてしまって効果が薄れるんだそうだ。
だからプロは色んなタイプの責め苦を味合わせる、とか……。
なんでそんなことを考えたかというと。
烈しい痛みがやがて薄らいできたのだった。
このままだったらなんとか我慢できそうだ、と思っていると。
ふいに「やめろ」と景山の声が響いた。
「次はお前だ」
僕の髪を掴んでいた男が後ろへと廻る。
景山は僕に近寄ると、自分で僕の顎を捉えた。
切れ長の眼が怪しく光っている。
「今度の男のペニスには真珠がたっぷり埋め込んである。
 よく味わうんだな」
入っていたものが引き抜かれ、ほっとするまもなく前よりも一段と太いものがあそこを押し広げる。
僕はテープに口を塞がれているにもかかわらず、悲鳴を上げた。
「ぐ、うう、うっ」
喉が震え、さらに嘔気と共に酸っぱいものが込み上げる。
「ふふん、吐くか」
景山はいたって冷静な声を僕に掛けた。
「こいつにペニスを入れられるとたいがいの男は嘔吐する」
景山は一歩下がり、「剥がせ」と命じる。
さすがに吐瀉物を詰まらせて窒息死するのは避けたかったらしい。
ビリリとテープが剥がされ、僕は激しく嘔吐した。
後ろにいる男はまるで構わず、吐き続ける僕の中に自分のペニスをぶち込んでいく。
ごつごつとした熱い塊が僕の内部を抉る。
下腹が突き破られそうだ……もう声を出す気力もなかった。
僕は絶望の中で眼を閉じた。


脇腹を蹴られ、僕は瞼を開ける。
コンクリートの床に大の字に寝かされていて、景山が見下ろしていた。
景山は尖った黒いエナメル靴の先端をさらけ出された僕の股間にめり込ませる。
新たな痛みに顔を歪めると、どうもそれは景山のたいへんツボだったようで、
「いいな、その顔は」
紅色の唇をぺろりとピンクの舌が舐めた。
「気持ちの悪い奴」
僕は掠れ声で言う。
「なんだって?」
景山はしゃがみ込み、顔を近づけた。
「あんた、ヤバいよ。
 イってんじゃねーの?」
僕は力を振り絞って笑ってやった。
「キャリアだかなんだか知らないけどさ、由岐中さんが言った通りだ。
 ヤクザより悪い」
「由岐中」と僕が口にした瞬間、景山の顔が醜く歪んだ。
景山は僕の顎を捉える。
この機会を逃がしてたまるか。
僕はペッと唾を吐きだす。
景山は身体を退いたが、頬に唾が命中する。
激怒すると予想したが、景山は反対に嬉しそうに唇の両端を上げる。
Mかよ、こいつ、と僕は思った。
その瞬間、股間に激痛が走って僕は言葉が出せなくなった。
景山が僕のペニスを掴んだのだ。
「これがなくなってもいいのか?」
「それは困る、立ちションができなくなるもんな」
僕はまた掠れ声で笑う。
景山が一緒になって笑い出した。
「こんなちんぴらのどこがいいんだ、ユキ、え?」
景山は胸のポケットからハンカチを出すと、ゆっくり頬を拭った。
そして僕の顎をもう一度捉えると、顔を寄せた。
「ユキに可愛がってもらったのか」
そりゃ、指導刑事だ、僕のことは可愛がってくれてるさ。
「当たり前だろ、うーんとね」
指が僕の首筋へと降りていく。
はだかれたシャツの中へと入っていく。
「あっつ……」
ぎりぎりと爪が肌に立てられた。
「ユキに伝えろ。
 お前が大事にしているものは総て潰す、と」
「なんだって?」
こいつは本当におかしい。
「あんた、由岐中さんのことが嫌いなのかよ」
僕は尋ねてみる。
すると景山は細い眼を見開いた。
「とんでもない、私はユキのことが好きなんだよ。
 ただユキは私を残念ながら嫌っているがね」
景山の答えに僕は唖然とする。
どういうことだ……景山が由岐中さんを好き?
で、由岐中さんがこいつを嫌っている?
今一つ理解できなかったが、それでも何か言ってやらなきゃ気がすまない。
「なーんだ、片思いか」
僕は大声で嘲った。
「あんた、ホモってわけか。
 ホモの片思いかよ。
 気色わりいの」
景山は僕に微笑みかける。
目はしかし笑っていない。
僕ではない、何かを見ていた。
あの眼だ……。
今関(いまぜき)の眼だった。
「どれほどあなたを欲しいと思っているか」
「真っ白な雪に足跡を付けたくなる」
魂を吸い取られたように囁いたあの男と同じだ。
ということは。
もし、由岐中さんが意のままにならなければこいつは……。
僕は初めて恐怖を覚えた。
そしてこいつに対する怒りも。
「由岐中さんに手を出すな」
景山は再び微笑んだ。
今度は本当に嬉しそうだった。
「減らず口をたたく余裕があるとは……まだ足りないらしいな」
その言葉が第2ラウンド開始のゴングだった。
ゴジラの面を被った男が僕の前に立った。
両足首が持ち上げられる。思いっきり股が左右に開かれた。
汗にまみれた大きな身体が上に載る。
激痛が再び僕を貫いた。
ふーふーと生臭い息が首にかかる。
嫌悪感から顔を横に向けると楽しそうな景山の目に遇った。
「泣け」
僕は震える唇の両端を上げ、ニヤリと笑って見せた。
「やなこった!」
景山は笑みを浮かべ、またガーデンチェアに戻る。
「次はお前だ」
フランケンシュタインのマスクを被った男が僕の前に立ってジッパーを降ろす。
ゴムを被った先端がごつごつと醜く膨れあがっている。
まるで拳のようだ。高く腰が抱え上げられ、僕のあそこにそれが近づいていく。
僕は叫び、下着が口に押し込まれた。


まだ生きてるんだ、と思った。
頬を烈しく張られ、眼を開ける。
あそこだけでなく身体中が痛んだが、それよりも痛いのは僕のプライドだ。
ぼんやりとした視界の中、景山の顔が近づいていくる。
「いいな、この次はこんなものでは済まない」
「ってバーカ、次があると思うなよ!」
僕は掠れ声で言い返す。
景山の細い眼がさらに細くなった。
「ユキのところへ贈り届けてやろう。
 そのざまを見せるんだな」
車に乗せられる前に目にテープを貼ったのは、レイプした連中の顔を知られたくなかっただろう。
今さら、という気がするが。
とにかく僕は由岐中さんのマンションの前で解放された。
ドアマンは僕が刑事と知っているので、胡散臭そうにしたが取りあえず通してくれる。
吐瀉物でスーツが汚れ、ご丁寧に車から放り出されるときにウィスキーを振りかけられたので、酔っぱらっていると思ったのだろう。
一歩歩くたびに激痛が走ったが、なんとか僕は由岐中さんの部屋の前に辿り着いた。
扉に身体をもたせかけたまま、何時間が過ぎたのだろうか。
痛みで意識が時おり遠くへ彷徨う。
そのたびに景山の顔を思い出すことにした。
くそっ、負けてたまるか!
負わされた屈辱が蘇ると震えが激しくなって、僕は両腕を身体に巻き付ける。
死にたい、とさえ一瞬思った。
由岐中さんに知られたら……僕がどんな眼にあったか知ったら……
由岐中さんは僕を軽蔑するだろう……。
抵抗もできずに、五人の男に犯されたなんて。
まるで女みたいに。
あそこを。
目尻から熱いものが零れ、僕は必死で唇を噛む。
景山の前で泣くのは嫌だったが、ここで泣くのはもっと嫌だ。
由岐中さんの前で。
もう駄目だ、と思ったとき大きな手が肩に掛かり、「ダイスケ!」という懐かしい声が聞こえる。
絶対泣くまい、と誓っていたにもかかわらず僕は涙を零してしまった。
「どうした、ダイスケ!」
「すみません……」
温かな手に僕は必死で嗚咽をこらえる。
「やられたのか! 誰にだ!」
だが答えを聞くまでもなく、由岐中さんは「景山だな」と歯噛みをした。
「どこが痛むんだ」
尋ねられ、僕は口ごもる。
「その……人には言えないところです」
「なんだって」
由岐中さんは僕を抱き起こし、床の血だまりに気づいた。
くそっと唸ると僕を抱き上げる。
またしてもお姫様抱っこをされた僕だったが、今回はありがたかった。
手も足も筋肉痛でもう一歩も歩けない。
由岐中さんは僕を寝室に運び込むと、ベッドに横たえる。
そして汚れた服を脱がせた。
「ダイスケ!」
由岐中さんが一瞬息を呑む。
「くそっ、酷いことを!
 景山の奴!
 殺してやる!」
大声に驚いて僕は瞼を開けた。
さらにその過激な発言にも……。
「先輩……」
由岐中さんの顔は怒りに歪んでいた。
ぎりぎりと歯を食いしばり、拳を握りしめる。
はっと気が付くと僕の肩を掴んで抱き寄せた。
ぎゅっと暖かい胸に僕は包まれ、一瞬意識が遠のいた。
「大丈夫か!」
由岐中さんは僕の頭を支え、頬をさする。
「痛むんだな。すぐに病院へ行ったほうがいい」
「警察病院はいやです」
あそこではどうしても職場仲間に知られてしまう。
「だろうな……」
由岐中さんは背広から携帯を取りだした。
「すまん、おれだ。
 シンコウ、ハルの奴、いるだろ? 出してくれ」
シンコウ……新藤(しんどう)刑事だ。
その人になんで……ぼんやりと考えていると、由岐中さんは携帯で僕の症状を伝えている。
「来てくれるか?
 もちろん、もしお前が診て病院へ行ったほうがいいならすぐ連れて行く……
 ああ、判った、すぐ見る」
携帯を仕舞うと由岐中さんは僕をまたベッドに横たえ、身体を丁寧に調べ始めた。
手足の骨が折れていないと知ると、由岐中さんは僕の頬をそっと触った。
「その……ダイスケ、あそこを見てもいいか?
 緒方(おがた)先生に言われたんだ、まだ出血しているようなら病院へ行ったほうがいいと」
「……おがた先生?」
「ああ、新橋んとこにあるK大の外科医だよ」
医者の指示なら仕方がない。
それでも僕は由岐中さんに知られるのが嫌だった。
「いやです」
僕は涙声で答え、首を振る。
「じ、自分は……その……お、おとこに……あ、あそこを」
それから先は声が震えて言葉にならない。
 シーツを掴んで泣くのを堪えていると、再び由岐中さんが「くそっ」と叫んだ。
「ちっくしょう……よくもダイスケを……」
由岐中さんは僕の肩をさする。
「ダイスケ、あいつには必ず落とし前を付けてやる。
 だがまず、お前が心配だ、頼む、見せてくれ」
僕はやっぱりいやだと首を振った。
「いやです……先輩には見られたくない……自分のことを軽蔑されたくないです」
「軽蔑?
 なんで俺がお前を軽蔑する!」
由岐中さんは驚いて僕の顔を覗き込んだ。
「いいか、お前は暴力を奮われたんだ、被害者だ!
 お前に落ち度はない。
 その、やられた場所は関係ないだろう」
それでも首を振る僕を、ついに由岐中さんはベッドに押し倒した。
「ダイスケ、言うことを聞け!」
厳しい声に僕は横向きでベッドに横たわったまま、弱々しく「はい」と答える。
由岐中さんはあの場所を調べ、「なんとか止まってるようだ」と僕に告げる。
「その……ちょっと開くぞ、外には出てきてないが、中に溜まってるかも知れない」
指が傷つけられた部分を開いていく。
激痛が走り、僕は必死で枕を噛む。
数秒後、「大丈夫だ」という言葉に肩の力が抜ける。
由岐中さんは安堵の溜め息をつき、僕に毛布を掛けた。
そしてベッドに腰を掛け、僕の頭を撫でる。
「すまん……おれのせいだ」
「え……」
なぜ由岐中さんが謝るんだ?
見上げると、由岐中さんの顔は険しかった。
今まで見たことがないほど。
怒ってるんだ……。
それは情けないこの僕に対してなのだろうか。
そう言うと、由岐中さんは顔を強ばらせたまま首を振る。
「違う、景山にたいしてだ。
 そしてお前をこんな目に遭わせた自分にだ」
「違います、先輩のせいじゃありません」
「いや、俺のせいなんだ」
いいえ、と言おうとしたとき、チャイムが鳴った。
由岐中さんと共にカッターシャツにチノパン、栗色の髪を真ん中分けにした細身の男が寝室に入ってきた。
色白でメタルフレームの眼鏡を掛け、細い目にきりっとした眉は理知的で、いかにも医者という雰囲気だ。
大きな黒い鞄を持っている。
「初めまして、緒方治恵(はるえ)です」
律儀に挨拶すると、背後に回って僕の手当を始めた。
傍ら、心配そうに覗き込んでいる由岐中さんと話しているのが耳に入る。
「これはかなりひどいな……」
「病院へ行ったほうがいいか?」
「今のところ、出血は止ってる。明日、また診に来るよ」
「それよりあっちは……」
「ゴムを使ったようだ、感染の心配はないと思うが、三ヶ月くらいは定期的に検査したほうがいいな」
カッと頬が熱くなる。HIVのことなのだ。
僕の肩が震えていることに気づき、由岐中さんが手を握ってくれる。
「すみません……情けないです」
「いいんだ、おれのせいだから。
 任せておけ」
やりとりを聞いて緒方医師が「なんだ、ラブラブじゃないか」と口を挟んだ
「バカッ、違うって!
 こいつはおれの部下だ」
「そうなのか?」
緒方医師の不思議そうな声が届く。
なんのことだろう。
首をひねっている間にも冷たいものがあそこを探る。
何かが奥まで押し込まれ、僕は思わず力を入れてしまった。
「大丈夫だ、力を抜いて」
優しい声が耳元で上がり、再び僕は力を抜く。
やがて後ろに差し込まれていた冷たい金属器機が引き抜かれた。
僕はやっと仰向けになることを赦された。
緒方医師は由岐中さんに薬袋を手渡した。
「麻酔効果のある座薬を入れておいたから、局所の痛みは引くと思うが……
 精神的にダメージを受けてるようだ」
由岐中さんは真面目な顔でうなずく。
「これを飲ませろ、鎮痛効果もあるからよく眠れるだろう」
緒方医師を送って戻ってくると、由岐中さんは僕にウィスキーを生のままで飲ませた。
ついでに幾つかの錠剤も。
一息ついて僕は枕に頭を乗せる。
心配そうな顔の由岐中さんを見上げ、なんとか笑みを作って見せた。
「もう大丈夫です」
「無理をするな」
由岐中さんは椅子を引き寄せ、ベッド脇に腰を下ろした。
手を伸ばし、僕の前髪を梳き上げる。
「悔しかったろう」
僕はうなずき、必死で涙を堪えた。
毛布から出た震える肩を由岐中さんがさすってくれる。
「おれのせいなんだから、おれのことを罵ってもいいぞ」
僕は温かい手が気持ち良く、眼を細めた。
「でも景山はなぜ自分を……」
「だからおれのせいだと言ったろう」
由岐中さんは苦しそうに言葉を押し出す。
確かにあいつは「ユキの大事にするものは総て潰す」と言っていた……。
でも僕が由岐中さんの「大事なもの」にはあたらないと思うけど……。
「そう言えば景山は……先輩のことが好きだと言いました」
景山が危ない眼でそう言った、と僕は告げる。
由岐中さんは再び険しい表情になった。
「どういうことなんですか」
僕の問いかけに由岐中さんは大きく息を付く。
「おれとあいつは……そういった関係だったんだ」
「そういった関係……つまり……」
やっぱりそうだったんだ。
ある程度予想はしていたが……。
「つまり……先輩はその、あっちってことですか」
由岐中さんの首が縦に振れる。
「ぶっちゃけて言えばそうだな」
もっと驚くかと思ったがそうでもなかった自分に僕は逆に驚いていた。
「すると景山もやっぱ……」
「ホモの片思いかよ」と罵ったのは当たっていたわけで……。
つまり景山は由岐中さんにそういう意味で執着してたのか……。
「でも景山はそれでなぜ自分を」
すると由岐中さんは驚くべき言葉を口にした。
「それはおれがお前を好きだからだ」
「え……」
好き……好きって?
そりゃ僕も由岐中さんのことは好きだけど……。
でも今、由岐中さんはあっちだって言った。
つまりホモ。
てことはホモの「好き」はあっちの意味?
って「あっち」ってなんだよ……。
混乱したまま由岐中さんの端正な顔に僕は視線を貼り付ける。
「ライブラリで会ったとき、あいつはおれがお前を選んだように思ったんだろう。
 プライドの高い男だからな」
「どういうことです?」
「その、おれがお前に惹かれていることがあいつにはわかったんだろう。
 あいつにとっては許せなかったんだな」
由岐中さんは顔を横に向ける。
「それは……本当ですか?」
「何に対する質問だ?」
逆に尋ねられる。
今聞いたこと総てが信じられない……。
「だからー、先輩が景山さんと関係があったって言うこと、
 それで景山が自分を許せないってこと……
 その、なぜかって言うと先輩が自分を好きだからってこと……
 えーっ、なんか三角関係みたいだ……」
僕は自分から言ったのに真っ赤になってしまった。
「ああ、もう、全部本当だよ!」
由岐中さんは僕の顔を正面から捉え、やはり真っ赤になって答えた。
「おれは嘘がつけん。すぐ顔に出るしな」
「そっか、それで自分を襲わせたんですね……」
ムカつく、と吐き捨てるように言った綺麗な顔を思い出す。
それにつれてあのときの苦痛と屈辱が記憶に蘇った。
再び震えだした僕の肩を暖かい掌がさする。
「くそっ、おれの可愛いダイスケをこんな目に遭わせやがってっ」
由岐中さんは太い声で罵った。
「ダイスケ、この仇は取ってやるからな!」
普段の僕だったら男にそんなことを言われたら「ふざけるな!」と言い返したろう。
冗談じゃない、僕だって男なんだ、自分のことは自分でやれるって。
でもなんだか由岐中さんに言われるのは気持ちがいい……すごく。
由岐中さんに大切に思われるのは嬉しい。
なんでだろう……。
僕は暖かい胸に潜り込み、頬を寄せた。
由岐中さんが僕のために本気で怒ってくれている……。
なんだか嬉しい……。
「そうか……」
「可愛がってもらったか」という景山の問いに僕は答えたが、あれであいつは僕が由岐中さんと関係したと思ったに違いない。
実際はそんなことないんだけど。
ふと、思いついて尋ねてみる。
「その……じゃあ先輩は自分のこと、抱きたいって思ってるんですか?」
見上げると由岐中さんは渋い顔をしていた。
「そういうことを訊くな」
「なんでですか」
由岐中さんは僕の背中をさすりながら溜め息をつく。
「あのな、おれは正直だから訊かれれば答えちゃうからだ」
「だって知りたいんです。
 自分のことを抱きたいと思ってます?」
渋い顔のまま、由岐中さんはうなずく。
「うそっ」
「うそじゃない」
僕は頭がぼーっとしてきた。
今夜あったこと総てが僕の頭には処理しきれない……。
沢山の男に犯され……
由岐中さんがホモだと知らされ……
さらに抱きたいと言われ……。
危ない笑みを浮かべていた景山の顔が頭に浮かぶ。
「ユキが好きだ」とあいつは言っていた……。
由岐中さんの言う「そういった関係」ってどんなんだよ。
ってそりゃホモだからあっちもってことなんだろうな……。
僕はどうしても「あっち」のことが知りたくなっていた。
「あっち」とはすなわち……。
「景山さんとはセックスしてたんですか?」
もう一度首が縦に振れる。
「ええっ」
僕は渋い表情の由岐中さんを穴の開くほど見つめた。
由岐中さんがセックスをした……。
あいつと……マジかよ!
なんだかひどく「むかつく」。
景山の奴が言った言葉だけど。
由岐中さんが景山とセックスしたなんて!
あんないけ好かない奴と!
僕は由岐中さんの困った顔を見ながらからむ。
「なんでしたんですか!」
「そ、そう言われてもなあ……その、もう何年も前のことで」
「忘れたんですか?」
「い、いや、忘れちゃいないけど……」
「忘れてないんなら言って下さい」
頭を掻く由岐中さんを僕は尋問した。
「ねえ、最初はどっちが誘ったんですか?」
「もうやめろ」
鎮痛剤とウィスキーのお陰だろうか、僕の頭は朦朧としていた。
いわばラリっていたのだ。
緒方医師が入れた座薬で後ろの痛みは引き、熱くなってきたのを僕は感じていた。
それだけではなく、ドクドクと脈打って、むず痒いような気分だ。
しかもハイになっているせいか妙に大胆になっている。
普段だったら、尊敬する先輩刑事にこんな口はきけないのだが……。
「知りたいんです、どうしても」
僕は頬を撫でている由岐中さんの手に自分の手を重ね、睨んだ。
「うう……」
唸っていた由岐中さんは僕が重ねて尋ねると、諦めて「あいつからだ」と答えた。
「あいつの誘いにおれが乗った、って言うか……うーむ、文字通りだがな」
「へーっ」
「あのな、おれはあんまり自分からは動かない。
 我慢強いほうだしな」
ええっ、と僕は眼を見開いた。
男臭くて行動派の由岐中さんが誘われるまで手を出さない、なんて信じがたい。
そう言うと由岐中さんは苦笑する。
「プライベートではおれは慎ましいんだ」
「そうなんですかあ?」
おとなしくお許しが出るまで待っている大型犬が眼に浮かび、僕はくすくす笑いだした。
「な、なんだよ」
「可愛いですね、先輩は」
男に犯られて怪我をし、しかも職場の尊敬する先輩に好きと言われ……
どう考えても笑うような状況じゃないんだけど……。
ぶっと膨れた由岐中さんは確かに可愛かった。
僕は笑いが止らない。
由岐中さんは諦めて僕の頭を撫でている。
景山はどうやって由岐中さんを誘ったのだろうか……
その考えが今や僕の頭を占めていた。
細い指で由岐中さんの唇をなぞっていた姿が蘇る。
急に対抗心が湧き上がってきた。
「先輩、キスしてください」
ええっ、と由岐中さんは僕の顔に顔を寄せる。
「なんだって?」
「キスしてください……」
僕は指で由岐中さんの唇に触れる。
「こうやって……あの男は先輩を誘ったんですか?」
景山に負けてたまるか。あんな奴に!
昔、何があったか知らないけど、今、由岐中さんの相棒は僕なんだから。
僕は由岐中さんを見上げ、首に腕を巻き付けた。
「しょうがないな、ダイスケ……どうなっても知らないぞ」
由岐中さんの身体が覆い被さってきて僕は眼を閉じた。
柔らかなものが唇に押し当てられる。
景山の酷薄そうな薄い唇が眼に浮かび、僕は自分から口を開いた。
熱い舌が入ってくる。
いつの間にか、逞しい腕が身体を包み込んでいた。
熱い舌は口の中で動き回り、僕の舌を絡め取る。
経験の少ない僕より抜群に上手い。
「ああ……」
呼吸の合間に僕は思わず喘いでしまった。
薬のせいなのか、それともキスのせいなのか、体重がなくなってふわふわと空を漂っているような気分だ。
由岐中さんの息は甘くて気持ちいい……
あの、僕を犯した男とは違う……。
瞬間、あのときの嫌悪感が蘇り、僕は全身を硬直させる。
押し殺した呻きが喉から漏れた。
「大丈夫だ、ダイスケ」
由岐中さんの囁きが耳をくすぐる。
力強い腕が僕を捉える。
僕は安心して力を抜き、再び由岐中さんの舌を受け入れた。
やがて僕は強い腕に抱かれてどこか高いところへと運ばれていく……
下腹に熱が集まってきて、紛らわそうと身体を捩った。
逞しい由岐中さんの腰にそれが当たり、思わず仰け反る。
「どうした、感じたのか?」
低い声で囁かれ、僕は小さく首を振った。
「すみません……」
「いいんだ、おれのせいだから」
由岐中さんの声は気持ちいい……。
僕はがっしりとしたうなじに鼻をこすりつける。
爽やかなコロンの香りがした。
「よくしてやる」
囁かれ、僕はもう一度うなずく。
大きな掌が毛布の中に入ってきた。
下腹へとそれは進んでいく。
熱くなった器官を太い指が掬う。
扱かれてあまりの快感に僕は背を弓なりに反らす。
太い指が先端の一番感じるところを擦った瞬間。
「ああっ」
声が出てしまい、僕は真っ赤になった。
「可愛いな、ダイスケ」
由岐中さんに笑われても反論する余裕はない。
もう一度扱かれ、こらえられずに僕は由岐中さんの手を濡らしていた。
由岐中さんはベッドに上がると、毛布を剥ぎ取った。
横に並んでぐったりと脱力した僕を腕に抱く。
「ダイスケ、悪かったな、今度からおれが絶対護ってやる」
僕の上に身体を覆い被せ、四課の刑事達から庇ってくれたことを思い出す。
由岐中さんだったら言ったことは絶対実行するだろう。
でも僕だって男だ。
僕は「自分も命をかけて先輩のこと、護ります」と応じる。
「自分は肉体派じゃないけれど、射撃の腕は負けませんから」
「そうだな、お前に護ってもらうよ」
暖かくて広い胸に包まれ、僕は夢の世界に旅立っていく……。
こんな感情を抱いたのは初めてだと思いながら……。

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